んー。。
うーん?そうかなあ。
勉強しない人が多数派であると私は思うし、
常に多数派にとって都合のいいように社会は動いていくものだし。
そういう子がいると、トイレとか体育のときの着替えとか制服とか、
いちいちルールを決めていかねばならず、
先生らの負う手間などは膨大になるというのがよくわかった。
要は、「差別意識」とかを持ってるわけではなくても、
彼らに対する特別な応対への違和感を持つ子がいても不思議ではない。
事務作業的に処理が煩雑になるということ。
社会は基本的にそういう「例外」を嫌う気がするので、
差別の理由は必ずしも「蔑視」とかそういうんでなくて、
「なんかめんどくさい」というしょうもないことだったりもすると思う。
とにかく、多数派が「頭カラッポ」なのであれば、
そちらにとって都合がいいように、あらゆる物事は流れるように思うんだけど。
むしろ、そっちに合わせたがためにおかしくなったことは多いよね。
サブカルチャーとかさ。。
多くの人にとって使いづらいツールとかは結局廃れるし、
私が感じるとしたら、勉強している人が便利に暮らせるというより、
「金さえ持っていれば便利に暮らせる」という実感しかない。
勉強している人は、勉強しない人に教えてあげる負荷までかけられるし、
ある程度その知識がポピュラーなものになる前までは、
単なる「変人」扱いだってされる。
勉強している人は常に苦しむ側であって、
優遇されていることはないように思うなあ。
だってみんな勉強とかしないじゃん。。。